蒼天のしずく、赤い花となる
那岐 一堯
看よ
佳日の天高く蒼くして、一片の雲、一陣の風もなし
ただ夏陽のみ、蒼天に高く、独り燦と輝く
地に頽(くづほ)れ伏したる乙女ひとり
絶望と不信に打ちのめされ
目に一木一草を見ず
欲するものとてなく
なべて諦め尽くしたり
げに渇きに渇きたれど、
一掬の水を欲するにはあらず
生きるとても死ぬとても、はや心は煩わず
憔悴の身に意志する力も尽き
親しき友はただ死のみとはなりぬ
薄れゆく意識に死の近きを感じつつ、看取る者もなし
そこに人ひとりなし
不毛の砂漠に人は居ること能はず
沈黙は領し尽くしたり
ここに憎悪なく、もはや嘲笑もなし
乙女は世の人の嘘に堪えられず逃れ来たり
利己心を愛情と取り繕い、傲岸を尊厳に装うは世の習いなれど
乙女には堪えがたし
育ち長けて、子どもにはあらねども
大人になるは空しきことなり
みずからに悪を抱えたるは承知せり
友を憎み、母を憎みしこともあり
憎しみの激しきに我を忘れ
憎む我にみずから驚く
自己を厭いて、自暴自棄となる
将来に夢もなし
何を為すにも、絶望が先立ち待ち構えたれば
かくて望むこともなくなりしに
願い一つ心に浮かび来たり
この世の最期にとて、世にある証しを求めたり
何にてもよし
ささやかなる証しひとつ
喩えれば、頬を撫でてゆく一陣の風、かの高き蒼天より下る一滴の雫
襤縷の身に残りたるものはなけれど、何をか惜しまん
蒼天の雫下り来たらば、命に代えるも可なり
そはこの世に在りし証しなればなり
されど晴れわたりたるこの日、天の雫は望むべくもなし
すでに乙女は双の脚と腕を備えたる一箇の骸
脚にも手にも指は五本ずつ生えてあり
死にありて初めて意識したる、わが体のさま
絶望と自己嫌悪に汚(まみ)れしその体
風もなく天より下る雫もなく
ただ、一箇の肉体をもつを知る
渾身の力にて膝を曲げ立てれば、
身内(みぬち)の深きより肉の軋むごとく楽の調べ湧き顕ち
歩みめぐりたり
掌に一片の風を捉えたれば
乙女は風なり
その体動くを欲し動きはじめたるは、げに驚きにて
心は絶望に引き裂かれたれど、肉体は歌を歌いはじめたり
悲しみの歌、絶望の歌は、歓喜の歌に変わる
肉体にて絶望は歓びと至福と共存するも可なり
乙女は踊りはじめる
踊る術は知らずとも、乙女は踊る
わが意志にあらず、
肉体はおのずからにして踊る
蒼天の雫、下り来たらざれど、
乙女の体、燦として煌めきたり、蒼天の雫のごとく