ポーランド日記、ポーランドを離れる編!
ずいぶんと間隔をあけてしまいました。
いよいよ持って終わらせますよ。しかし、BBSの次のページが開けなかったため私の記憶の順番で書き込み始めたいと思います。もしも、前後に矛盾が生じている場合はご一報ください。それでは。
11/17AM10.45
風呂に入った。髪を洗った。タバコをすった。
空谷さんがやってきてコーヒーを入れてもらった。
今朝は霧が晴れて景色もはっきり見えた。
昨日の晩ベランダから見えた外の焚き火はホームレスが寒さをしのぐためのものであったことがわかる。
木の板で作ったような、なんというかごみの山である。ブルドーザーで盛り上げたような小さな山、モトクロスのコースのようにひねくれている。てっぺんには日本のお祭りみたいな、ほら、太鼓を叩くときあがるやぐらみたいな。
11.18AM11.30
朝十一時に目が覚めた。遅い目覚めである。
今日は最後のワークショップ、いろんな苦痛はあるにしろ自分で望んでやってきた外国。どうしようかこうしようかと余計なことを考えないで自分でできることをやる。
お、なんか疲れてる、どしっときてる。
深い関係、友情よりも愛情に近い、家族みたいな空気の中で。
私は何をつかんできたか。
落ち着き、第一にはそれではないだろうか。
下手にあせらず、単純に怒ることもなく。私はいつも人まねから始めてる。それがいいかわるいかは自分で判断する。とにかくやって見なくてはわからない、私の言葉は確実に強い。
が、私の体は語るものが少ない。
唯一、歯を食いしばり続けた首筋だろう。
私の体は多くを語れない。だから、私はたくさん話す。
内面的な自由から、肉体的な自由に憧れを持つ。
あれもこれも欲しがるから私は私を見失う。
私の体にすべての秘密があるのなら解いてみたいと思うんです、たとえばこのやせた体と細く伸びた両手足、黒い髪、黒い目。
言葉は強いから嘘がつける。だけど体は正直だから嘘がつけない。私がどんなに虚勢を張ろうとも体が本当を語っているのです。
11/19(こんなことが書いてあった)
きれいな言葉をできるだけ。
いつか読んでくれるであろうこの日記を読者に送りたい。
後八日もすれば私は日本に帰りゆっくりする暇もなく仕事を探し、生活をするためのお金をつかむでしょう。
私は思う、私は私にできることをする。
私はいちいちに振り返らず。浸らず、変わらずに自由を求めるでしょう。それは美を獲得するための闘争です。
この一ヶ月間に恥じないように私はこの幸せを受け入れ、愛されたのだと思う。
怖がらずに、これからも愛は伝えたい。
(帰ってきてから、さっそくこうして書き込むとは思ってもいませんでし。誰かに読ませようと思ってたんだな)
11/19
(寒いんだろうな北海道、と書いてあって強大な鳥の絵が描いてあ)
風呂からあがった、みんなはなぜ韓国が中国にならなかったのかということを話している、おもしれえなあ。
札幌では身の回りにそんなことを話題にする人はほとんどいない、それに話題にもならない
岡崎さんが、ワルシャワの夜の街に出かけていった。
ちゃんと帰ってくるかどうか心配だ。あの人のことだから問題ないんだと思うけど。
(ほかのページにもこの日のことが書いてあった、確かキッチンで久々の音楽をヘッドフォンで聴いていた記憶があります。そのあと空谷さんがやってきて、音楽を独り占めするなよお、といわれた記憶があります)
私は何人もの私を頭の中に抱え私は私でなくなった。
おのおのが夢を持ち、意見を持った。
性が勝手に性を求めるように。
恋が勝手に恋するように。私は私でなくなったんだ。
すがりつき嘘すら信じた私は、とうとう私すら見失った。
友達よ、そんな中お前は俺のそばにやってきて死に至る病を打ち明けた。馬鹿なお前は初めての愛を夜空に誓った。たった二十二年の人生を幸福だというお前は今、不幸のどん底で足がすくんでいるんだろう。
あきらめるにはまだ早いぜ、お前はきっと運命を信じるようになるだろう。俺の後ろについてきな(大輔さん、あなたのように)連れてってやるぜお前がお前になれる場所まで。俺の手をとりな。
孤独に燃える青褪めた道々、決意ぬらす雨が降る。
真赤に廻る俺の血はますます温度を上げて袖口や襟元から噴出す煙が揺れている。吸っては吐き出す空気燃やして。
俺はお前に会いに行く、本物に会いに行く。
(旅立つ前に、私の大切な友人が自分が癌であることを打ち明けてくれました。帰国に当たってどうなっただろうかとそればかりが心配でしたが簡単な手術で何とかなったそうでした良かった。。まだ死なれちゃ困る。そんな気持ちをポーランドで素直にかけたと思えるのがこの文章でした)