11.7
昨晩、空谷さんとスンアさんとで二時半くらいまでしゃべる。
ビールを飲みながら。
スンアさんは自分の話をよくする。
俺も自分の話をよく話す。
スンアさんは女であって母でもあるんです。
時々、俺の頭をなでてくれたりする。
それはきっと母である女の人だからだ。
自分は自分の死に方ばかりを見つめている。
どうすれば満足して死ねるか?
スンアさんはそれではいけないという。
人間誰しもそういう時期と、チャンスがあるんだと。
スンアさんの昔がそうだったように。
俺は何かに守られながら、分かち合えない記憶を辿り。
アウシュビッツで涙した。
嘘ではない、涙だった。
誰かの不幸、苦しかろうなと思うけど。
起きてしまったことはどうあがいても受け入れるしかないんだ。
花発多風雨 人生別離
読み。花開けど風雨多し 人生別離なり
(ワークショップの最後の日、だいすけさんがマンガの劇場にあった何かの大きな紙に書き付けてみんなでこの杜甫の言葉について話をしていた、寺山修二さんの詩集を読んでしっていた、さよならだけがじんせいだ、という詩がここから来ているのだと初めて知った)
花に嵐のたとえもあるが、さよならだけが人生だ。
ダイセンジカケダラナヨサ
ダイセンジカケダラナヨサ
写真を撮ったからまた何べんでも思い出せる。
そんな話を書こう。
(芝居に使う台本のことです)
人間が今までどんなことをしてきたのかということを知ると。
ちゃんと未来が見えてくる。
同じことをしなければよいのだ。
。。
いろいろありすぎてペンが進まない。
時間が進む、待っておくれよと言うけれど。
俺は次の経験を期待しながら、出来事を忘れつつある。
えーなにがあったのか。思い出せ。
目を裏返してみろ。
顔を引っぺがして見ろ。見えてくるだろう。
お前さんの本音が。
。。。
(この日の晩にワークショップ生のみんなで一緒にご飯を食べた、その後、マックスがホテルまで遊びに来た。)
11.9AM6:30
旅というものは、骨に定着した筋肉を伸ばして剥がすような痛みを伴う。
朝早く起きて風呂に入った。
5:30には下に降りて飯を食べた。
昨日は酔ってしまった。
なんだか動きが鈍い。
手紙のことだと思う。
なんかもちゃもちゃしちゃって。
みんなに迷惑をかけた。
(あさ、タクシーにのって駅まで、それから列車に乗り込んだ、それでどうにも俺の体の動きが悪い。時間がぎりぎりになってしまい怒られました、嗚呼)
大輔さんが、許してくれたわけだから。
今度は、ちゃんとやればいいんだ。
今度は、ちゃんとやればいいんだ。
あんまり、しゃべり過ぎないように気をつける。
はじめまして、それから、さようなら。
それが旅なんだ。そう思った。
(空谷さんや大輔さんが口すさんでいた歌がある私にとって忘れられない歌になりました)
「男と女の間には深くて暗い河がある
それでもやっぱり会いたくてえんやこら今夜も船を出す」
ずっとその歌詞が頭の中に響いている。