(私の記憶を辿ると、28日の晩にグロトフスキーセンター前にてやっと合流。ブロツラフの駅前でどうやって大輔さんとスンアさん所まで行けばよいのかわからず、空谷さんの提案でとりあえずコーヒーを飲んでいたところにロベルトさんが車で迎えにきてくれた。とっても助かったと三人でため息ついたものでした。合流したときに丁度ワークショップの最中で色んな人が夢中で踊っていたのを間近で見つめた。終わったあとに皆で飯を食べ、空谷さんと岡崎さんと私は近くのホテルに移動した。)
10/29朝
目が覚めると唇が乾いていて赤くはれていた。
寒いからだと思う。
先ずは自分のできることをやる。
(この日は、初めての音響操作にチャレンジした日であると記憶している。事細かにノートに書き込み目の玉が飛びでるんじゃないかと思うほど集中した、となりで岡崎さんに助言をしてもらいつつなんとか乗り越えた次の日の朝、なぜか筋肉痛だった。裏方の大変さがまた一つわかった夜だった。)
10/30am7:30
不思議な夢で目が覚める。
どこかの旅館のような場所で私の友達が何人かいる。
岡崎さんに空谷さん、俺、全部荷物を投げ出してみんな椅子に座っている。色んなことを思いながら夢の中でまた眠った。
「ああ、こういう気持ちを英語にするとなんというのかな??」
すると空谷さんがこういう。
「早く行かないと!もう12:00過ぎてるよ。」
俺は驚いて準備する、だけど体がうまく動かない。極親しい友達が鼻歌を歌っている。顔はよく見えない。
少しさびしくなった。そこで目が覚める。
、、今は朝の7:30ブロツラフ朝。
ポーランドの朝、初めての音響に挑戦した次の日の朝。
11:00からスンアさんと外を走る約束をした朝。
+8時間して日本では15時もうじき夕暮れ時。
不思議だなあ。
(この後、どうしてこういう事を日記帳に書き込んだかおもいだせない、、けれどもノートに忠実に書き込みたい)
いつ死ぬかわからないから、、。
なんて考え方では後ろ向きだ。
隣にいるあなたと一生会えないかも知れないから。
そう、思うほうが素敵だと思う。
裏切られるのは嫌いだから、俺は決して裏切らない。
10/31am7:30
本番がとりあえず終えた。
全くもって疲れた、昨日の帰り道。
みんな別々の帰り道をたどった。
残されたぼくら男三人はホテルの門限、11:00を守った。
空谷さんはオナニーでもするか?と言って僕らは大笑いした。
それから、戦争の話に、インドに、たくさんの話をした。
ぼくは気づけば眠ってしまっていたようです。
(ノートを開いてペンを握ったまま寝ていたそうです、談・空谷さん)
とにかく初音響、生まれて初めてにしては出来たほうだと思う。もう、あと、三回の舞台、俺は仕事をこなすだろう。
今日はam10:00から劇場に入りバラシ、それから次の公演に向けての客席作りの手伝い等々。
後は自由時間という事なので色々周ってみたい。
とりあえず今は風呂に入りたい。
歯も磨きたい、口の中がキモイ悪い。
。。。
。。。
ポーランドのラジヲは良い!
常に誰かとの会話があり
(もちろん、何を言っているのかはよくわからない)
一曲丸々かけてくれる。しかも選曲が良い。朝の九時からこんなに軽快でいいものだろうか?
(何を聞いていたのかは思い出せませんでした)
。。。
。。。
今思い出すと。
ロベルトの運転といいワルシャワの彼の運転といい。
荒い。とても。
ポーランドの人は車に乗ると人が変わってしまうんじゃないかと思うほど。
あれでよく事故がないもんだなあ。
10/31PM9:56
今日は疲れた、というのもカルチャーショックというものをはじめて受けたからだと思う。
教会 教会 教会
まず一番に
ロベルトの通うブロツワフ大学のあれはなんと言う名前なんだろうか。昨日、卒業式が行われた場所なんだそうだ。
圧倒的である。
写真をとってもいいかと聞くと、フラッシュを焚かなければ良いというので何枚かとった。
2ZT払った。
その後、教会に入る。
今日まで、神聖、という言葉を僕は知らなかった。
その言葉の意味を知ったような気がした。
もう少し浸っていたい気持ちもありながら。
先へ進む、とまたすげえ建物!
嗚呼、だめだ、倒れそうだ。
明日の朝、また見にに行くことにする。