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1998年
きっかけは些細なもので知人からの1本の電話。
舞踏家のワークショップに出てみない?との事だった。
当時、芝居に足を踏み入れたばかりの私は何も知らずに参加した。
何も知らないわけで当然のようにドキドキしながら稽古場へ行くと
緊張のようなものに似た、隙間があるのに、皆の意識は一人の人物へと
向かっているような不思議な空気だった。
その中にいたのが、ピースを吸いながら、くちゃくちゃの白髪をしばり、
イスにもたれている、おじいちゃん。
それが、吉本大輔さんだった。
今になって思えば“う〜ん何やればええんかな〜”とか考えていたに違いない。
しかしその中で、ただがむしゃらに汗をかき、何も考えない時間。理由も分からずどやされ、一緒に笑っていた短く感じた一日が終わろうとしていた時、彼から“ここにいる人で希望者は一緒に公演を行う”との発表があり、その日が終わった。
私は言葉にならない高揚感に包まれアパートに帰る。
アパートについた途端、私は芝居友達に電話をしていた。
なぜ気持ちが高揚しているか分からないが、今日、出会ったおじいちゃん吉本大輔の放つ不思議な雰囲気について、誰かに伝えたいと無意識に思っていたのかもしれない。
私は彼の公演までの短い間に「参加したい、でも何が出来る?」といった迷いの中にいた。
でもその迷いを変えたのが、私の中のどうしようもない彼自身の存在感であった。
彼の存在が亡くても迷いの中にいるのは毎日と同じなので、どうにでもなれと、公演に参加したい旨の電話をしていたのだった。
良かった。
今でも彼と話をしたりする日々は続いているし、これからもそうでありたいと思う。そう思ってしまう。僕のおじいちゃん。吉本大輔。たぶんまだまだげんきだろう。
「岡崎もうあかん」と言って死んでしまうまで、僕の本当のおじいちゃんと同じくらい、たぶん僕の中をかき回してくれる人なんだと思う。
最後に一日しか出なかったワークショップを通じ参加した彼の公演はあえて言葉にしない。
たぶんこの人を目の前にした時、出てくるのがあなたの言葉なので僕の言葉はいまはいらない。かといってこの人の前では考える必要もない。その後に残ったものがきっと大事。
それを踏まえ、一言
大ちゃんは いいよ。
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